19:30からの式典の準備を16:00から手伝ってきた。
高校時代の恩師植山先生ご夫婦の句碑を見つける。
私は講師がなぜ105章の中から、忠臣蔵と和歌を題材に選んだのか想像してみた。
仮名手本忠臣蔵の仮名手本とは?を検索し、納得!
図解も数値としゃれで考えてみよう!がその答えだった!と勝手に想像🤣
(題材書籍「日本を知る105章」のINDEXは、いろは47文字)
仮名手本とは
いろは仮名の数に合致する四十七士の意味、武士の手本となる忠臣を集めた蔵の意味のほか、大石内蔵助の蔵を利かせたものまた、仮名手本忠臣蔵は赤穂浪士の討入から奇しくも47年後に書かれている
親父ギャグで
かなでほん ちゅうしんぐらは かなのほん いろはしじゅう しちもじなりき (笑)
当日の受講生の感想の一部より
忠臣蔵:「忠臣蔵」は1701年元禄時代の赤穂事件をもとに、1748年に「仮名手本忠臣蔵」として人形浄瑠璃で初演されて以来、浪曲や映画に広がり、国定教科書に掲載されたり、ユネスコの文化遺産に登録されたり、日本人の心の古里として永遠のベストセラーを続けています。「忠臣蔵」は大変な長編ですが、図解にすることで理解しやすく、説明もしやすかったです。
和歌:五七五七七で万葉から現代まで俯瞰。万葉の頃に「倭歌」として始まり、平安・鎌倉時代に「人の心」を読む「和歌」として日本文学の中心となり、近代に入ってふたたび「短歌」として、個人の「より自由な表現」を積極的にとり込み、さらに「TANKA」として世界にまで広がりつつあることが分かりました(発展してます)。「忠臣蔵」も「和歌」も知れば知るほど深掘りしたくなるテーマでした。
8月10日(土)11:00~妙満寺若御院家読経
食事は高森の丸萬
IPHONEでこの写真を見せ、話題にしようとしたが見つからず!
IPHONEの「カンペ利用」も準備が必要か?(笑)
親父殿の隣の女性は杉坂せつこさんだった(杉坂さん夫人)
食事の時、隣が甥夫人の令兄
以下会話した内容
・実家は今の家ではなく竹林の中に屋敷があった
・高森城の城主であった黒田官兵衛の弟(兵庫頭)に仕えた武士の末裔との事
・わが父が宇佐航空隊にいたのか?の話から、
・特攻桜花に関する湯之川守正氏(海軍大尉、海兵71期、桜花隊分隊長で湯川れい子の次兄)の講演会に行った事がある。
*その講演会は2012年宇佐市塾が主催した。宇佐市塾の代表は教覚寺住職の平田さ ん。平田さんは宇佐神宮大宮司宇佐公通の末裔との話をした。
すると安楽院の宇佐公通の墓は、安徳天皇の墓ではないか?理由は公通の墓にしては立派すぎる。「壇ノ浦で入水した安徳天皇は実は替え玉で、生き延びていた!」との話になる。
帰宅し、ググってみたら下記が見つかる!

2020年8月 松岡正剛(75歳)千夜千冊 1750夜:益田勝実の仕事
前書きでアルゲリッチにふれ😜
マルタ・アルゲリッチ(1941-)
5歳からピアノを学び、8歳でモーツァルトとベートーヴェンのピアノ協奏曲を弾いてデビュー。フリードリヒ・グルダらに師事、24歳でショパン国際コンクールに優勝して以来、実力、人気とも世界トップのピアニストとして活躍を続けている。マルゲリッチはブエノスアイレスの生まれだが、父親はカタロニアの血の持ち主で、母親はベラルーシのユダヤ系移民の改宗プロテスタントである。一度目の結婚相手が中国系の指揮者ロバート・チェン(陳亮声)、二度目の相手がスイス人の指揮者シャルル・デュトワ、三度目が英米系のピアニストのスティーヴン・コヴァセヴィチで、いずれも離婚した。 彼女はピアノが絶妙であるだけでなく(若い頃から天才と呼ばれていた)、スペイン語、フランス語、英語、ポルトガル語、ドイツ語、イタリア語にも堪能だ。どんな言葉にも乗り移れるのであろう。絶妙な指づかいによるピアノの演奏ぶりも、シャーマニックなところがある。#千夜千冊 #益田勝実 #松岡正剛 #宇佐市塾
九州への帰郷を前に、丸の内にある昔の勤務先周辺をブラついて来た。やはり足が向かうのは、飲んだり、食ったりした場所!なれど